
女神湖へたどり着くまでの道
私はヒーリングと言う仕事をやっています。ヒーリングとは日本語で言えば「癒し」で20年前に始めた時と今とではその言葉の認知度は1%も向上していません。外国人から「何の仕事をやっているの?」と訊ねられたら「ヒーラーをやっています」と答えるとすぐさま怪我した所や、痛い場所を差し出して「さあ!ヒーリングして」とからかわれます。キリスト教を知っている人はキリストが「病気の人々をヒーリングて旅した」という事を知っておりざっくり言えば「癒される=治る」という意味に近いのだと思います。
宇宙と繋がるワークや、マタリキ・ヒーリングを受けていただくと、変化には2種類のパターンが存在します。1つ目は、瞬間的な癒し…例えば股関節の痛みが取れるとか、重症の火傷が治るとか、植物状態の方が意識を吹き返すとか、そのような現象が現われ体調が良くなる場合です。2つ目は、完治するまでには時間がかかりますが、「自分が自分に戻るまで」のプロセスを踏み必要な時に必要なタイミングで癒しのプロセスに繋がる「情報」がやって来ます。来た情報を心の赴くままに処理していると癒しの道筋とその結果が現われてくるというものです。私は、この宇宙と繋がるワークを受けた後、3日後に1つ目が来て、その後はずっと2つ目の癒しのプロセスの途中にいます。癒しには段階があり、「自分自身が治る」までの手順は宇宙が指し示してくれます。
前置きが長くなってしまいましたが、今回の蓼科への旅は昨年に引き続き2回目。いつもは癒す立場にいさせていただいており、なかなか自分の魂のケアができる場所はありません。そこで一昨年、意識的に「その場所」を探すことにしたところ、マドモアゼル・愛先生が主催されている星と森合唱団を見つけてそこに参加する事にしました。はじめはYouTubeで配信される合唱団の練習に遠隔参加していました。ところが、昨年の8月に合唱団の女神湖合宿があったため、長野の蓼科に出かけていかなければならない事になりました。宮崎からわざわざ長野まで仕事でもないのに出かけたのには理由がありました。それは、遠隔練習の3回目の発声練習の時に細胞レベルで「何かが違う!」とポジティブな感触を得たからです。本物の声だったらどんな感じなんだろう?本物の声に包まれてみたいと願う気持ちからでした。

女性の声につつまれて感じた癒しの確信
女性の声には独特の癒し効果があるのではないか?と気づいたのは、2006年に結婚して嫁いだ先での事でした。その家の敷地には2軒家屋があり、当時は元義父と元夫と私の3人が暮らしていました。すぐ隣に100歳近くのお婆ちゃんと介護のために帰省していた娘さんが住んでいて、その二人と会話をする日と会話しない日では気分が全く違うのを感じていました。猫や赤ちゃんは女性の声が好きと聞きますが、まさか、大人の人間も?そう思い始めて観察していると仕事でもそうでした。ヒーリングの仕事が入った日には気分が違うのです。ヒーリングは大体が女性のお客様です。今思えばヒーリングの仕事を20年も続けさせて頂けているのは、女性のお客様の声、そして自分の声が私を助けてくれているからではないかと感じています。
そのようなことを回想しながら、昨年の合宿で練習に入ると皮膚細胞がビリビリ微細に動いている感じがしたのです。その理由は後から知ったのですが、皮膚という器官は、脳や腸と同じ細胞からできていて、非常に繊細な刺激を受け取る能力があるそうなのです。私たちが普段耳で捉える「可聴範囲」の音以外にも、皮膚は振動として微細な高音・低音、そして倍音を感じ取ることができます。ですから同じ楽曲でも、ヘッドフォンで聴く音と生で聴く音は、体感としてまったく違うものになるわけです。生の声に包まれた私は、耳だけでなく皮膚全体で“音の波”を受け取ったので、これによってオキシトシンが分泌され、心が動かされ癒しの感覚を受け取ったのです。

だから今年も蓼科を目指して
今年の蓼科は昨年よりも10日遅かったので、朝晩はとても涼しくて秋の気配を感じました。到着してすぐミーティングがあり、妖精祭のスイッチを入れる花冠が愛先生から手渡されました。さすがティアマトというアパレルのブランドを発信されているだけあって、参加者それそれの個性に合った花冠のチョイスには皆さん感激されていました。私は何日か前、花冠の制作を手伝いに行ったのですが、その甲斐があったなと嬉しく思いました。
その後、妖精祭が行われる会場に向かい、リハーサル兼、歌の練習が始まりました。野外でそして大地の上で声を出すのはいつもの屋内練習とは違い身体にたまったエネルギーが放出される感じです。みんなと声が融合して妖精も一緒に歌っているのではないかと言う感覚もしてきました。同じ感覚を持つ仲間と同じ時を過ごす幸せ。
そして、「たわいもない会話」。参加している全員が、妖精祭にしっかりと意識を向けていると感じられる会話がとっても幸せな気持ちになりました。リハーサルを終え、夕食を50人ほどで一緒に頂く時間の中でのたわいもない会話も。食事のホールにわいわいみんなの声が響いて会話がうまく聞き取れなかったけれど、それでも日常はいろいろあるだろうけれど、この日を目指して調整し一緒にいるときを楽しんでいるんだろうと考えると皆の笑顔を見ているだけで十分幸せな気持ちになりました。

みんなが妖精になる日
妖精祭本番の日はとってもきれいな秋晴れとなりました。会場の周りにはマルシェも出てにぎわいました。妖精祭のオープニングとして妖精を呼ぶ儀式の、妖精茶会が行われました。それから合唱団指揮者の戸張先生の独唱を皮切りに、劇あり、ミュージカルあり、創作ダンスあり、様々な妖精たちのパフォーマンスが繰り広げられました。上の写真は、「山のロザリア」という曲を生歌で歌いそれに合わせてフォークダンスを踊っているシーンです。黄色いTシャツを着ているのが私。運動オンチな私ですが、何とか振りを覚えて踊ることができました。

愛先生の湯茶接待
愛先生がご自分でブレンドされたお茶を振舞われ、私も味見させて頂くことができました。とても美味しいお茶でした。2回も貰いに行ったら、2回目には家で飲めるように小分けされたお茶の葉をプレゼントしてくださいました。サロンに持ち帰ってお客様と一緒にティータイムを楽しみました。

10年ぶりの再会
Facebookで妖精祭の告知をしていたら、なんと!10年前、リコネクションのセミナーに参加してくださったSawakoさんが「近くに住んでいるので行けるかも」とメッセージをくださり、時間を作って来てくださいました。10年ぶりにお話ができて嬉しかったです。今は長野と南インドにも拠点を持ってヒーリングの他にインド占星術を提供されてご活躍されているご様子でした。一緒に来られたお子さんも楽しんでくださったようで、よかった!

妖精の住む森でキャンプファイヤー
妖精祭の後夜祭は、宿近くでキャンプファイヤーでした。私は椅子に腰かけさせてもらい「あんなに元気に走れたらいいな、」来年はできるようになるかなと叶わない願かもしれないし、叶う願いかもしれない。そんなことを考えながら踊ったり歌ったりする仲間たちを眺めていました。火の粉が空高く舞い上がっているのを見ていると、誰かが「あっ!UFOがいる!!!」と言うので目をこらして探しますが、星しか見えませんでした。でもその星はキラキラ光っていてとても綺麗でした。キャンプファイヤーの最後に皆でトーニングをしました。森の精霊や、動物たちがきっとどこかで聞いていて「この人間たちは少しどこか違うぞ、友達になれるかも」と思ってくれたらいいなと思いながら声を出しました。最後に愛先生の歌われた「遥かな友に」が印象的でした。

胎内の気圧と同じ標高1000メートルの気圧
私はバーストラウマがあるせいか、標高1000メートル以上のところにいるのが苦手です。標高1,000mにおける気圧は母親の胎内とほぼ同じで、人間が最もリラックスできる状態だ、なんていう説があるそうなのですが、私にとっては逆。顔が腫れしわができるのです。昨年は合宿2日目がそうだったのですが、今回は3日目にきました。細胞が思い出すからそういった症状が出るわけで私は何の対策もできないのでほっておくしかありません。
写真は、女神湖を背景に写した一枚です。朝涼しいうちに一周しようと同じ部屋だった仲間たちと出かけました。私たちが立っているところは桟橋みたいになっていて昨年はここまで水が来ていたのですが、今年は水かさが減っていて土が見えています。お陰で毎年変わる表情を観ることができました。
そして、良いニュースが2つ!一つ目は、昨年はこの女神湖を2時間かけて歩いたのですが、今年は1時間で周ることができました。写真で私が持っている赤い杖なのですが、これを、私の左側に写っているToshikoさんがわざわざ東京の家から私のために持っていてくださっていました。そのお陰でバランスがとれて歩くスピードもアップしたわけです。同じお部屋のメンバーの皆さんには本当に親切にしていただきました。そして星と森合唱団のおひとりおひとりからも、いろんなシーンで親切にしていただきました。来年の目標は、もう少し体力をつけて今度は私が誰かの助けになることができるようになることです。
2つ目は、妖精祭以降、この1年位気になっていた体調が回復してきています。これは標高1000メートルで楽しくてリラックスできた記憶が細胞や魂に書き換えられたからなのではないかと推測しています。一挙にではなくても少しずつ辛い記憶を書き換えていけたらいいなと考えています。
来年も参加できるといいな。
いつもありがとうございます!
Love,
みっち






